1970年生まれのおばさんです。

毎日思ったことを書くだけ

母の命日

母が亡くなってもう19年。

早すぎるよ~

色々頼りにしたかったけど、子どもが小さいときに逝っちゃった。

父がまだ働いていたから、実家で介護時代はつらかった。

息子のおむつも変えながら、母のおむつも変える。

まだ母は57歳だったのに。

本人も動けなくて、娘にシモの世話とかイヤだっただろうね。

ガンでどんどんやせ細っていく。

床ずれしちゃうから、身体を動かしたりとか・・・。

母だけでも大変だったのに、これを仕事にしているのは本当に尊敬しちゃうよ。

倒れてからはほんと時間が過ぎるのが早かった。

歩けなくなり、寝たきりになり、食べ物も受け付けなくなり、最後の入院。

最後の会話は、

  「今日は雪が降っているから早く帰りなさい」

だった。雪が降っていたなぁ。

3歳と1歳の息子を連れて、実家に戻り、翌日病院に行ったら、会話ができなくなっていた。

もっと話したかったなぁ。

色々相談したかったよー!

兄弟がいる方がほんとうらやましい。

私は一人っ子だからさ。

会話ができなくなって目を覚まさない。

脳死状態。

ガンの痛みがわからないから、最後は苦しまなくてよかったんだよ・・・なんて父は言ってたけど。

脳死状態から2週間近くたって、最後が来た。

心臓がどんどん遅くなり、ピーっとなる音。

今でも忘れられない。

そして、最後に涙を流した母。

何が言いたかったのかな。

私はまだ27歳だったけど、今は母の亡くなった年齢までもう11年になったよ。

私は母の年齢を超えれるのかな?と思ったりする。

娘が今22歳で、あと5年で私がいなくなるってどう思う?と先日聞いたら、

 

   考えられない!

 

と答えていた。

私も同じだよ、22歳の頃に5年後に母がいなくなるなんて思っていなかったさ。

とりあえず花嫁衣裳と孫を見せられたからよかったかな。

今の家とお墓が少し距離があるので、なかなか行けないけど、近いうちにお墓参りに行くね。

専業主婦だった母が留守するときは、いつも手紙を書いてくれていた。

「どこどこ行ってます、おやつは〇〇です。おかあさまより」

なぜか「さま」がついていた。

電話のときも「おかあさまだよ!」と。

普段、「おかあさん」と呼ぶ庶民な家だったのになぁ。

母の声はずーっと忘れないよ。

母に比べると私は、全然母らしいことをしなかった。

ダメ母だなぁ・・・。